2009-02-27-Fri
ジロウズブラスバンド制作戦争は続いている。この平和と呼ばれている現実は、平穏なる軍事社会だ。姿かたちの無いものに支配されている。無慈悲で容赦の無い支配。
無能だったために生き残のこって、威張りちらしているだけの老いたる将軍たち、要領のよい参謀たち、ヒューマンなファシズムの先導家たち。陰湿な官僚たち。そして、平穏に順応しているように見える羊のような兵士たち、退役した兵士たち。一番恐ろしい生き物たちだ、途方も無い殺傷力を秘めている。そ知らぬ顔をして殺戮を繰り返している。心を殺しあう恐ろしい殺戮だ。この内戦の戦死者の数は公表されてない。
街で彷徨っている着飾った子供たち。
行き場の無い戦災孤児たち。飢えることすらできないでいる。
やがて少年兵となり巧妙な戦争に動員される運命だ。
平和な、まあまあいい幸福な人生だ、なんてざわめきにだまされるな。
嘘っぱちだからな。
モダンで迷妄な盲目の権力の解体を回避してきた生き残りどもの、その子孫たちの作り上げた幻だからな。
自由?
人類には無理だってうわさだよ。
親友の猫が言っていた。
あいつらの手には届かない世界だって。ハルマゲドンっとよばれていて自分のことをティラノザウルスの生まれ変わりだって妄想を抱いているユニークな野良猫。あいつらは、(超資本主義社会を体験している人類のことらしい)、テクノロジーのラブソングにうっとりとして非道な姿かたちの無い殺戮をくりかえしている。人という概念を書き換えることが出来る言葉を見つけださない限りこの戦争に終わりは無いのだって。たとえば,人という概念がとても不思議だってことをこれまでとは違う物語で普遍的な倫理や価値として共有できるものに書き換えるのだ。
奇想天外な概念の発明だ、せっかく言葉を手に入れたのだからねって。哲学猫だ。猫には多いタイプ。チエシャ猫以来。
戦争は続いている。
誰もそんな風には感じてないし、感じることの出来ない悲惨な戦争だ。
戦争は続いている。
脱走兵たちは路上で転がり、ハイテクの青白い部屋で閉じこもり、ときどきコヨーテのようにハウルする。
平和ってなんだ?
静まり返った戦争のことだ。猶予された戦争、いや進化した情け容赦の無い戦争だ。
宗教は混乱し、いろんなカルトが蔓延し、国家も破綻しており、テロリストともども相も変らぬ古風な戦争観に支配されている。あんなオモチャ箱のような暴力を大事そうに抱え込んで。その玩具が殺戮するのだ。
国はもう物の役に立ちそうも無い幻だ。いまや平和と呼ばれているものこそが、戦争なのだ。戦争がなんであるかを凶暴に、とてもそれが戦争だなんて誰も思いもしない貌をして剥き出しにしている。戦争とは盲目と迷妄の支配のことで、その支配を誰にも気づかせないほど巧妙な支配なのだ。しかもその支配を支配しているものなどどこにもいない。どこにもいないから何百万人を殺戮しても終わらせることが出来ない。それがとても恐ろしい。
誰もこの戦争を終わらせることは出来ないかもしれない。
平和と呼ばれているこの戦争も。
戦争は続いている。
じっとまっている。釣り針をおろして待っている。路上のマンホールの蓋を開けて
待つのだ。
ここでいいはずだ。
ここで吊り上げねばもうチャンスはないと思う。
取り逃がしたあの感触。
ことばのあの感触。
もう一息だった。
溶けた魚。
そうだ、魚が溶けるように溶けてしまった。
ことば。
溶けた魚。
ここにしかいない。
奇妙で風変わりでしかも途方もなく大きな不思議な記号。
この世のこと丸ごと積み込んで
運ぶ。
浮かぶ。
Float
戦争poPN
music『色』‘
キリンを燃やす方法を研究している老いた詩人。宇宙のようだ。ことばは飢えている。この残忍な意思によって指揮されている共産主義社会の豊穣なる富の循環、ああ、市場経済だったっけ、とにかく飢えているのだ。ことばが。音楽想像,飢えた黒い犬。オールドフアッションラブロックが歩道に流れていた。2008年夏。中華料理店で17人の犠牲者を出した無差別テロ。奇妙な殺戮。もう語る言葉見当たらない。
意味。毒矢。誰がどこで調合したかわからない毒が塗られた矢が
放たれた。ことばだろうか?
ボクが飼っていた。
プラトンと名づけたその小さなかわいい黒い子犬は、たちまちのうちに大きな犬となり、ボクが笛を吹くのをずっと待っているような従順な友となった。老いた詩人だ。死のようだ。ボクが無限を考えて感じているときは、ボクはいつでも吹くことができる笛をもっている。ボクが笛を吹けば友が語り始める。世界についての、そこで生きているということに関する最も古い詩を、階段を登り運び始めるだろう。年老いた記号よ、詩人よ。商人として鍛えたその足で、まるで登りつめたその頂に市場が開けていてでもいるかのような足取りで登り続けるだろう。老いた詩人よ、利口な商人のようだ。ボクが笛を吹くのを待っている。プラトン。ボクが無限のとき。
「形」『布』ボクは死の考えを考える。
気の触れた羊たちが密集して殺戮のされるのを待っているような社会で暮らしながら。経済は現実の力だ。容赦のない変化だ。自然史だ。自然の蠢きだ。変容だ。
クロマニヨンたちがやってきた。
そんなときは暴力。
空を飛ぶ始祖鳥。
シティルス型長距離爆撃機の飛来。
空爆だ。
素敵だね。
笑いながら殺戮するクロマニヨン。
仮面のモデルカタログ集。
ただの自然史は、ヒトに労働を教えた。ヒトは羊の数を数え始めた。そして気の触れた羊の法則を作り上げた、わずかに数十万年で、たいしたやつらだ、ヒトは、市場経済だったっけ、ちがうよ、共産主義社会でしよう、この惑星の巨大な物量の循環。死の考えを考えることは、死を考えることではない。死という仮定された無限の彼方の考え方で考えるということであり、自然が自然を考えるのではない。「n次元思考」
死の考えは、「脳」の信仰とは無縁の考え方だ。『脳』は奇跡だが根本的なところで修正不可能な勘違いをしている可能性がある。気の触れた羊の法則。羊の数を数え続けている。でも数はどこへも案内はできない。
ボクは黒い子犬をプラトンと名づけた。今年老いて死んだ犬のように暮らしている。まるでボクのように。
飢えている。
耳を澄ましている。
ボクの指先から生まれることばに耳を澄ましている。
ボクが考えるのではない、考えるのはことばだ。
『浮かぶ』Float
クロマニヨンたちがやってきた。
外国人労働者の免許で。
深い穴を掘る仕事に付いている。
郊外の砂漠に巨大な『顔』が埋まっているらしい。
遺跡の発掘だ。
みんな気が付いているかな。
クロマニヨンは自然が派遣した、占領軍だってこと。
ぼく達の『平和』は敗北して、分厚い砂の層の下に埋葬されたらしい、という感性はもう古い。
確かに巨大な戦争に負けたのかもしれない。
でも派遣されたのはクロマニヨンだ。
自然史だ。
地質時代の主役の交代の執行だ。
自然の執行だ。
死はこの同じ出来事をまったく違うことだと考えている。
死は自然ではないから。
「n次元思考」
感じることと考えることが透き通る『浮かぶ』Float.『色』『形』『布』
音楽。女の子たち。
雑踏
ボクが気の触れた羊でないとしたらきみはなに?
ボクが気の触れた羊だったら君は何。
ボクは戦争している。
きみはどうしている?電気羊
並んだの?新ケータイモデルの発売日。
浮力、浮かぶ力。それは微細な裂け目から生まれる。
実在と実在の裂け目。
だから存在しない裂け目なのだ。
自然から教えてもらえる諸学問では、把握できない領域をふくんでいる。その領域が世界の秘密なのだ。
裂け目は世界を所有している。
世界は秘密を隠すことで、世界を作ることができる。
小さな世界でもおなじだ。ボクはトカゲを捕まえて閉じ込めて焼き殺した少年の記憶を隠してひとつの詩を描いた。
自然は自然を殺戮する。トカゲ、巨大な。
決して倫理を問われることのない途方もない笑いを笑いながら殺戮する。
クロマニヨンのように。
自然は自然だから。沸騰する笑い、吸い込む笑い、凍りつく笑い
燃え上がり炸裂する笑い。笑い。
生きていることに気がついたことを秘密にすることのために費やされた巨大な地質学的時間、深い森のような幻想。その幻想の森で気づきの秘密が隠されたときに、突然、世界が誕生するのだ。
浮かぶFl0at。
気がついたことの「意味」が秘密として隠されたときと場所が
浮かぶFloat
もしもボクの仮定が正しければぼくらは、まだまったく使っていない感覚をもっている。
N次元感覚だ。
それは五感の次の第六感覚というような御伽噺ではない。
N次元感覚は考える感覚だ。
感じることと考えることが同じことになる「N」次元。
次元のないN。
N存在しない次元が感じ考える。自分という不思議な意味。
N次元感覚は隠された秘密の意味なのだ。
都市は惑星の傑作だ。その密集の愉楽に感じることと考えることが同じである感覚。浮かぶFloat『布』『色』『形』音楽
クロマニヨンは穴を掘り続けている。
まだ巨大な顔は発見されてはいない。
ボクの働いているペットショップでは、古代魚と新しいモデルの両性類がよく売れる。買ってくれるのは偉大な惑星の民族衣装を身に着けた女の子たち。
音楽は
Key発見したのは詩人ランボー
「A」「黒」
「E」「白」
「I」「赤」
「O」「青」
「U」「緑」
Key
ポップンミュージックだ。
音楽.曲
100円2PLAY
クリアー曲設定・『微笑まないで』
クリアーされたお客様には『サルのTシャツ・カラフルプレゼント』
スタッフに声をかけてください。
DDR.ダンスダンスレボリューション。ギターフリークス・ドラムマニア。太鼓の達人。そしてPOPN.MUSIC。ストリートオルガンの楽器たち。雑踏を演奏する。『色』『布』『形』『着こなし』
記号たちのFestivai夜明け。午後の暴力の準備が始められる。
ノスタルジーでなくては生きていけないよ。五感の形成は人類史の達成だ、とマルクスは述べている。そして、自然が自然を考える。自然史の法則。経済学。『脳』は奇跡かもしれない。未知の自然だ。考える。自然が自然を考える。自然が。五感の形成。詩人。ランボー。束縛されて手も足も出ない空ろな青春、細かな気遣いのために、ボクは人生をふいにした。19世紀束縛なんか誰もしていない。冷たい壁に触れて、壁を叩き、憎悪の叫びをぶつけても、壁の向こうには誰もいないのだ、こんなに密集して暮らしているのに誰もいないのだ。孤独なんて生易しいものではない。この密集が求めるものは濃密な無関係であり、細かい気遣いゆえにぼくらが手に入れるのは空虚だ。救いは雑踏にある。舗道の雑踏。Festival?夥しい記号たちが現れては消えていく。なぜ音楽ではなくて、暴力だったのだろう。ことばは飢えている。この飢えは、自然が考えた自然では解決できない、いくつかの根本的な問題のひとつだ。ことばも飢えるのだ。どんなにことばが循環し交換され、あらゆるタイプのメディアは語り、ことばが進化した画像やイメージが、夥しく消費できる環境が出来上がっても、拒食や過食やハンバーガーの早食いコンテストが企画され、デカダンスだよね、あれ。ともかくことば飢えている。
ことばは詩人だ。
今一番必要なものは『ことば』だ。
彼はあるいは彼女は別の顔をしている。『ことば』だったらすぐにわかる顔。
異邦のヒトのようだ。
原初のことばがおわりのことばを探している。
HWy?
ことばも自分が何であるかがわかっていないから。
ただこれだけはいえる。
『ことば』は『脳』の信仰からは生まれない。
『ことば』は感じることが考えることになり、そしてここがぼくらを魅了してやまないところなのだが、考えることがそのまま感じることになる不思議だ。
『ことば』がボクの指先から離れた瞬間に『ことば』は戦う力を執行する。
『浮かぶ』Float
Nについてのレポート。分解して組み立てなおしたポエジーが報告。
N次元思考の執行を試みる。老詩人の登場。希望に溢れている。ボクが冷たい絶望に触れているときに、階段を登っている。大声で、ヨーゼフ!
詩REVOLUTIONではまにあわない。『浮かぶ』
原初の気づきの瞬間の記憶を感じること。感じるとそれが考えることになるだろう、考えることが感じること同じことになるだろう。最初のことばを思い出すことが、最後のことばを発見することだ。巨大な記号の発見だ。時間で測ってはなにも手に入らない。時を深さに変えられるのが『詩』という記憶だ。変えられたとき、詩は「N」なのだ。
誰が変えたのだ。
誰がどこでどうやって変えたのだ。誰かいるだろうか?目もくらむばかりの膨大な自然の時間を使って、生きていることに、実在していることに気がついて、
その気がついたということに気がついたそのときの飛躍、その飛躍が世界という不思議なものを誕生させた、その途方もない地質学的な歳月を時間で測らない、深さに変えて測ることができる方法の発見者は誰か?
気づきの気づきが誕生させた世界という、歴史という方向とは違う方向を、方位を発見したのは誰か?
そこには誰もいない。
誰もいない。
でも発見はある。
誰もいない。
でも感じているし考えている。
誰もいない、
自然は実在だ、
自然が自然を感じ考えて作り上げた世界は、ボクたちが暮らしている世界は偉大な達成であり奇蹟なのだ。
実在する。
実在する巨大な冷たい壁に触れて今たじろいで立ち尽くしている。
もう経済の発展段階はつまり自然史的な飛躍は起こりそうにも見えない冷たい壁、どんなに幸福そうに見える人生もどこかで痛ましい物悲しさを、取り返しのつかなさを、克服できない、閉塞感、世界という水準で眺めても、その光と影はお互いを貪りあって時を過ごしている、実在するという世界はここで終わりなのかもしれない、この冷たい実在の壁の前で、たぶん終わりなのだと思い始めている、向こう側には誰もいないと。
誰もいない。
確かに誰もいない。
ただ発見がある。
実在しないという感じ方考え方
その方向の発見が。
誰もいない。
実在しない。
でも感じている。
考えている。
誰だ。
「N」
その「N」をじぶんという巨大な記号の『意味』にできるまで
存在しない、次元「N」と。
ヨーゼフ!
老詩人は階段を登る。
アニメーション音楽POpnmusic
空中音楽機械。子供の絵のような動画。踊る、『色』『布』『形』『着こなし』素敵なダンスダンスレボリューション。不思議な国です。この国は。なんでも玩具にしてしまう玩具箱みたいです。ひっくり返してみればいいのに。真夜中にでも。知恵者猫はどこにいるの?あの笑いを残して消え去るその『笑い』。
空ろな笑いだ。原始的なアニメーションデモ動画運動の最後のカットに出てくる。最後のカードのように。チエシャ猫が現れる。その笑いだけを残して猫の姿かたちを消してしまう魔法を披露する。演奏者がいないとき。
誰もいない。
クロマニヨンたちはその笑いを笑う。
原初という未来から派遣された進駐軍。
自然の指名を受けた自然の気配濃厚な種。
ペットショップによく来て古代魚の映像機械に感嘆の声をあげ、トカゲの類を見ては触っていいかと聞くから許可。T.レックス!『笑い』
クロマニヨン
『浮かぶ』
Float・・・・・・・・・・・。
超ジロウズブラスバンド制作。
「A」『黒』のオペラベッドに横たわった商人ランボーが
口述し、妹イザベラが記述したランボー最後の手紙。
郵船会社・砂漠を渡る船の切符の予約。(・・・・ぼくとあなたの船便の名前は、架空のオペラ号、帆船です。浮かぶ力Floatを推進力にして惑星移住の途上にあります。次の停泊地は月です) 架空のオペラ号の大きな鳥の羽のような「帆」に染抜かれた記号です。ところで
「牙」ってなに?象牙のことだろうか。この間発掘されたマンモスの牙もすごかった、犀の角、いや具体的なものというより、抽象的な貨幣の単位かもしれない。存在しない富を測る単位で、現実の富を測るには大きすぎる単位かも知れない。その単位で交渉されているのは何の分け前なのか?
商人と詩人の間で、謎の「牙」が『分け前』の、調整をしている。それが象牙の取引のことであったとしても、その象牙の取引も何か違うことを語ろうとしていて、探してみたが、象牙の数で換算される分け前の確認という経験知しかなかったとも思える。
描くことに、ことばが支払う報酬。陶酔。
陶酔は「N」に深い関りがある。満ち溢れるから。実在していることに気がつき、その気がついているということに気がつく「N」存在はしないが、気がついていることに気がついているのだから、
(・・・・・・・原初の陶酔は未来の身体イメージとしての『純粋身体の音楽』へボクの空想を誘う。かすかに聞こえ始めた。架空のオペラの音楽。リズムとメロディ、その沈黙、雑踏、突然の転調、浮かんでいる、気づいたことに気がついているその鋭い叫びの巨大なGはN・・・・)
極めてピュアな感じ方考え方、それ自体が『浮かぶ』Float「N」。
普遍を今にする。今を普遍にする。
ヒトは『商人』であり『詩人』でもある。ことばと貨幣は同じ法則で循環し交換される。巨大な循環と多彩な交換。ヒトだ。ヒトはヒトであることを超えようとして仮定する。あるいはヒトとはその仮定への旅の名前なのかもしれない。ひとつの法則の光の角度の仮定の光学。「N」はこの光学の技を持っている。
実在していることに気がついているということに気がついているということ。その発見と発明が、光源となって照らし出す普遍の循環過程の法則。ただ実在していることに気がついているだけでも途方もない自然史の時間に均衡する体積を持つ出来事だったのに、さらにその気がついていることに気がついてしまうという発見!なんと言う発見だったろう。気がつくということ。わかるということ、わかるということがわかるということ、自然史はたとえていえば記述して把握できない月の裏側のような暗黒を許してしまったのだ。
自然は実在である。
自然の衛星の月の実在までは自然史だ。それは間違いのない自然史であるから自然史の法則そのものだ。
ところが、その実在の裏側に、月の裏側のように隠された秘密が生まれたのだ。
実在から隠された秘密だ。その秘密が世界を誕生させた。気がついていることに気がついていることが世界だった。世界の不変の基礎デザインだった。その途方もない発見が『N』だ。「N」は発見し発明する。あるいは発見され発明される。
Nは記号だ。記号でなければならない。伝えることのできない、伝えようにももう伝えようもない何かを伝えることばをぼくらはさがしてここまできている。ボクはことばと描かずに記号と描いた、光源であり光学と仮定した。実在に気がついていることに気がついているその深遠の発見が発明でもあったからだ。
「N」は大きな記号を発明した。
伝えようもないすべてのことを伝える大きな記号を。
たとえばあの信号のことを思い出してください。
あの原始的なテクノロジー青い照明
明滅する信号
青い照明
「N」は伝えることのできないなにかを伝えようとしている大きな記号だ。
気づいていることに気がついた。
なにに気がついたのか?
原初に、だ。気づきの世界そのものに、だ。
実在していることに気がついているという、とても伝えられそうもない原初に気がついたのだ。
原初
の秘密に。
世界の意味を隠した月の裏の暗黒を。
時間が深さに変えられた秘密。
気がついていることに気がついている。
気がつくということはわかるということだ。
わかるということと気がつくということが同じであることが原初
気づきの原型なのだ。
だが、気がついているということに気がつくということは、わかるということにひとつの次元を与えることとなる。
なぜ気がついているのかという問いの次元だ。
気がついていることがわかることと同じである原初は失われ、なぜという問いの形式が開かれて、世界にヒトがデビューすることになる。この問いは答えという独創的な形式を生み出した。
いや原初の気づきに気づくことがわかるということであったところから考えれば答えが問いという形式を開いたというべきだ。
問い思考することが答えを発見したのではなく、答えが問いという形式を発明したのだ。この問いと答えの転倒こそが蘇る原初としての「N」なのだ。
この問いと答えの次元がヒトの世界の舞台となる。
ヒトとは問答なのだ。
いや答えが切り開いた問いの世界がヒトなのだ。
大きな問いが循環し多彩な答えが交換される
でも実在していることに気がついたこと
気がついていることに気がついていることが問いという形式を獲得できたのはなぜだったろうか?それは気がついていることがわかるということであったからではないのか。
気がつくという五感の形成の延長にある出来事と、わかるという思考の遭遇と融合。そして分離。この遭遇と融合と分離の秘密が「N」なのだ。
「N」はきがついていることに気がついている。気がついているということから問いを取り出したことがNなのではない。
Nは突然の発見なのだ。気づきに気がつくのが発見だ。発見は発明となる。そして、その発明が問いであるとは限らない。
意味かもしれない。意味のわかり方かもしれない。
そしてそれが気がついていることの意味の発明かもしれない。
隠されているという意味。意味がないという使われたことのない巨大な意味。
意味もなく気がついているということの無垢なる意味。
世界は意味のない意味なのだ。巨大な無垢なのだ。
その意味がわかることは、ただ意味がわかるということを変容させる。新しいわかり方「N次元思考」
わからないことがわかるという、わかり方、それは、わかるということとは次元も規模も視界もまるで違う不思議なわかり方だ。そしてその無垢なる意味を秘密にして隠すことで成立し発達してきた世界でぼくたちは暮らしているのだ。このわかり方は宇宙の途方もない秘密なのだ。『法則無尽蔵』はこの秘密の贈り物だ。
われわれは、今、巨大な物流で満ち溢れた循環過程と多様で自由な交換とが可能になったエコノミー現実を生きている。これは普遍の法則なのだ。自然から教わった労働という悠久の風格を持つ行為からはじまったただひとつの法則の、実現なのだ。ただ『商人』という大きな記号でしか語られていない法則だ。ただひとつの法則をそのようにしか語れない段階なのだ。しかし、なにも貧困が革命を起こすことがいい結果を生むとは限らない。資本主義だって革命するのだ。富が滞り集中する。その集中が決心に変われば、この『商人』の顔の記号が、『詩人』の記号に変わるのだ。
資本主義が革命する。
n次元資本主義が、世界の秘密を知ったとき、『商人』たちがというとわれわれがということなのだが、作り上げた巨大な循環過程と多彩で自由な交換という法則が世界の永久を現実として支える法則であることに気がつくのだ。
普遍を今とし、今を普遍とする資本主義革命だ。
つまり『商人』と『詩人』は記号であり、ひとつの法則の二つの顔なのだ。そして、この法則は夢見る法則だ。ほんとうはそうなのだ。何を夢見るかといえば、『無尽蔵』を夢見る法則なのだ。何もないところから満ち溢れてただ巨大に循環し多様に交換される。透明な法則。『浮かぶ』Float
多様な交換は実在の変化にとんだ生活様式だ。その様式が、愉楽と孤独のそれぞれの愉楽を保障するものであれば、たぶん「今」は次の命題「n」の次元の叡智の創造へのプログラムを発明する段階だということになる。『商人』が『詩人』を産み落とす段階だ。実在の多様な交換物流製造販売消費から、愉楽の保障が作り出せるわけがないと残念ながら申し上げねばなりません。でも大きな変化の微かな兆しが閃光のようにひらめく瞬間が今の雑踏に散りばめられていることを否定してはなりません。『色』『形』『布』今のところ富はまだ吝嗇な振る舞いであり、大散財を引き起こす兆候はどこにもない、まだみんな貧しいのだ。思っているよりはるかに貧しいのだ。愉楽は限られた体験であり、密集という集まり方は濃厚な関係性の強要であり、その強要に耐えられない孤独は排除される。密集を生きる生き方も難しいからね、密集と孤独はやわらかいほどのよい調合の情で調整できていた。孤独の愉楽を知るものも、密集の偽善に声を上げるヒトも程よく配置されていた平穏。今は執行の時代。排除された孤独は善でも悪でもない。孤独は警戒され監視され遠ざけられる。この排除を支えるのは容易なことではない。密集と孤独との対立の構造が平穏の中に出来上がっている。そしてどこからともなく毒矢が飛んできて誰かを射抜くのだ。
なんという世界だろう。
すぐそばに「N」が開かれているのに。
n・・・・・・
大きな決心の場所を逃して、詩人たちは哀れな船便の予約をしなければならない。あわただしい人生の精算だ。『牙』『分け前』『名もない船便』
詩人は商人となり砂漠を渡る船便の予約をしなければならない。
『今』は詩人ではない。
『今』は商人ではない。
『今』は歪んだジャングルスピン
毒矢の時代だ。
冷たく硬く分厚くたたいて憎悪の叫びをぶつけても
壁の向こうには誰もいない。
こんなに密集して暮らしているのに誰もいない。
誰も。
毒矢を放つ。
するとおびただしいヒトと世界がはじめて姿を現す。
この殺戮はわたしの仕業ではない。
毒矢は誰もいない荒野に放たれたのだ。
この殺戮はわたしの仕業ではない。
「A」は黒。
『浮かぶ』Float
最初の『顔』のスケッチ。クロマニヨン的な空想。酒場。タバコ。ウオッカ。クレヨン、新聞。巨大だが空ろな記号。クロマニヨン。
『E』『白』
白のオペラ
描くことの始まりは古典力学だ。
何かが極まってしまうことだという。
そこからはもう帰れない。
でもその場所に行かなければ何も始まらない。
帰還不能点。
書くことは祈りだと描いたヒトの仮定。
フランツカフカ。
力学。
古典。
でもそれは、普遍ということでもある。
青い照明のテクノロジー。
青い信号の純粋運動の明滅。
ある位置。
ポイント。
浮かぶ
Float
N
たとえば絶望だ。
もうどうしようもない絶望の極限の場所
どこにもないけれどもたとえば絶望が極まって
立ち尽くしてしまう
ある位置の仮定、
その仮定の位置で何かが起こる
境が決壊する。
あふれ出てくる。
絶望だ。
いやもう絶望ではない。
絶望が絶望でない何かに変化する。
いや変化ではない。
絶望が消えてしまうのだ。
絶望が消えてなくなるということが
満ち溢れるということだ
満ち溢れてくるものがある
それがことばだ。
原初のことばだ。
最初のことばだ。
満ち溢れてきたのだ。
浮かぶ
Float
N
今。
消えてなくなったものが満ち溢れている
満ち溢れてくる
何も描いてない
四角形の白
何も描きこまれていない。
まっしろなことば。
白いオペラ。
Nは白
描くことはだからいつのときも極限の点、
絶望が極まって立ち尽くしたその場所から始まる。
そこで初めて開かれるのだ。
描くという世界が。
古典力学でいえば普遍。
今のことだ。
絶望が極まって立ち尽くしている今という普遍
まっしろなことば
そうこの感じ。
考えつくしたそこから始まるその感じ
考えが考え付かないそこから感じるその感じ
浮かぶ
Flooat
描くことだ。
『I』は『赤』
赤のオペラ
オペラはイメージだ。
生き物の流す血。太陽。平穏という魔法のために用意された『赤』
巨大な顔の仮面に塗られる色彩。
ペルソナ(役者のかぶる仮面)
大歌舞伎夏興行『殺戮』
今と原初を繋ぐ色だ。
雑踏。2008年の流行は『赤』つまり、血と太陽。
誰の血でもいい。遅い午後の太陽の下で流される血であれば。
いっぱい、いっぱい
この世が消えてなくなるほどいっぱい。
誰の血でもいいから。
現実という方法の挫折。
世界は敗北したのだ。
ホロコーストがあり、被爆があり、ポルポトがあり、数え切れない殺戮があったのに
ハーグ戦争犯罪裁判所にまるで舞台に上がる俳優のように知的でエレガントな風貌で現れた
カラジッチの微笑み。人類の微笑みであることに違いないことに戦く。
スーダン?
もういいよ。
オールドフアッションラブロック。
ヒトを殺すのが好きなのだよ、人類。
戦争なしでは生きていけないのだ。
そういうあなたは正直者だ。でも少し違うよ。誰でも殺戮者に代われるのがヒトだということなのだ。ボクだってそうだ。ジブンがそんなことするはずがないというのがヒトだから。
密集の古典力学は有効だ。
密集を誘導する笛の吹き方は。
人類はあれだけ殺しあってきた。
60億人も生き残っていて、ぼくとあなたと同じ一度の取り返しのつかない人生を生きている。
そんな人生を荒野に葬り街に出て、今年の流行の、モードは『赤』『形』『布』音楽。女の子たち。
途方もない出来事です。
祝福するとともに戦慄します。
この戦慄は世界中の無言のレジスタンスに繋がっている。
資本主義が革命する。
今を普遍とし普遍を今とする。次元『N』今ここで戦わなければ戦うときはない。太陽と血はじっと見ていられない時代は過ぎた。
というか永遠にやってきそうもない、というあなたは正直者だ。
ボクとあなたの世界は浮かぶFloat
原初の今
原初を語ることのできる今
つまりたとえば絶望が極まってしまった、もうそこからは戻れない場所だ。
「I」『赤』
『赤』は原初の欲望
『形』『布』そして『色』音楽。女の子たち。
人類の五感の形成の延長にあるNASAが今朝火星に水の存在を確認
サイエンス電子版では、年老いた筋ジストロフィー患者から採取した細胞で運動神経再生に路をひらく実験成功のニュース。
自然は自然を考える。
偉大な成果を重い石を積み上げるように
自然は自然を考える。
自然が感じる自然の赤は自然の赤だが、違う惑星の岩盤の地表の荒涼とした赤まで発見している。
その赤にかつて海があった記憶が残されていたというNASA
自然の赤の研究。自然に教わっている。
形成され鋭くなるヒトの五感。
でも自然が自然を感じ考えている、赤。色だって五感で感じれば実在すると考えるだろう。
『I』は『赤』
どこにも存在しない『赤』
イメージをイメージするための『色』
それが『赤』だ。
子供たちが太陽を白い画用紙に描くときに使う赤いクレヨン あの『赤』だ。
原始的でシンプルで原型的な記号の色彩。
『赤』
原初はイメージだ。原初のイメージがイメージできて初めてことばの軌道に乗ることができる。
ことばの軌道を探すN次元思考。イメージで思考する。五感の形成とは違うやり方だが、五感の重ね合わせで
微細な振動を発生させて、言語の感触を捜す、ことばの軌道を探す、その振動と共鳴。『形』『布』そして『色』音楽。女の子たち
イメージで感じイメージで思考する。
『赤』をイメージする。
イメージで思考する。
今を感じ普遍を考える。
イメージへの欲望を描き立てる。
原初のように巨大なイメージを欲望する。
今を欲望する。
イメージを欲望する。
イメージとは何か?
原初だ。
途方もない時間を深さに変えた不思議の力
浮かぶ
Float
ボクはそれをオペラと呼んでいる
『今』2008年の夏の流行を雑踏に聴いてごらん。『赤』
『O』『青』
青のオペラ
『色』『形』『布』音楽。女の子たち。雑踏。黒と白のオペラは大きな記号の原型の発掘作業、だ。
原型は巨大な循環過程だ。
自然が自然に学ぶ学問としては気象学だろうが、似ているというだけだ。
ことばの軌道は次元Nに仮定されている。
自然の諸学問と人類の五感の形成では開くことのできない領域の可能性があるからだ。
『N』・・・・ここでその秘密を明らかにしよう。『N』はじぶん。
そう、感じ方考え方としてのじぶんだよ。
じぶんは軽いフィーリング?それとも重たい石?一人ひとり違う心の秘密の世界?生き物としての人生に付き合ってくれる親密な関係?じぶんというのはじぶんのことさ。
これ以上分かり易く分かりきった話はない。現実が岩のようであるように自分が自分であることに疑問の余地はない。生き物であることに気がついてその気がついたことに気がついたときに自分という感じ方考え方の原型ができたのだ。だからシンプルに考えて感じればいい、生きて実在していることに気がついた、気がついていることに気がついた、そのときに世界は誕生した、じぶんという感じ方考え方を伴って。世界はじぶんであり、じぶんは世界だった。感じ方であり考え方それ自体だった。その風変わりでユニークな感じ方
『浮かぶ』Float青のオペラ
クロマニヨンたちがやってきた。
誰かが密告したのだ。
秘かに隠されていたまだ誰も使ったことのない記号
執行されたことのない記号。
考える感覚のように、伝えることがそのまま伝わることになる無敵の記号。
巨大な顔の形をしているらしい。
たぶん騒ぎ立てる鳥類のような種に起源を持つものたちとは違う
風変わりなメカニズムがうめられている。
空中に。
空中は詩だ。
本来ことばの軌道でありその軌道の周辺に発達したラピユタガリバー旅行記の退屈なフレーズではなくて
ただの「N」
考える感覚の領域
ことばの領域
まだ誰も
使ったことのないことばの軌道のメカニズム
物語は好きかい?
とても好ときだよ。
すべての物語は好きさ、ガリバー旅行記のように。
でも物語はもう世界を語る能力をもっていない。物語を壊す物語もだめさ。
詩が発見されねばならならない。
革命には発見がなければならないという革命家マルクスの古典力学は理論が詩になるところで有効だ。
たぶん資本主義革命は資本主義が詩になることなのだ。
考える感覚。『形』『布』『音』そして、空中から発掘される『顔』青のオペラ
「N」が発掘される。
クロマニヨンたちがやってきた。
ルート66を教えたやつがいるのだ。
密告者だ。
コミュニストだ。
いや、詩人だ。
飛ぶことを、浮かぶことを夢見ていて、とうとう飛べなかったこの世というばかでかい塊が
ひそひそとね、空中への長く曲がりくねった路を教えたのさ
クロマニヨンがやってきた。
ルート66
ことばの軌道へ繋がるローカル線にのって
クロマニヨンがやってきた。
クロマニヨンたちは顔に赤と青と緑のペインティングをしていた。
奇妙な作業着を着て舗道を歩く。
音楽はもうオールドフアッションラブロックではない。
青が悲しみの曲で埋葬に使う色として用意された世界は荒野に戻っている。
青は鋭い仮面だ。
その仮面をとった曲が記録的なセールスを記録した夏。
ルート66
演歌だ。
クロマニヨンの。
発掘は大きなビルディングの建築のように進行し工期三万年。
すぐできるさ、
T.レックス。
クロマニヨンたちは空中に深い穴を掘るテクノロジーを身に着けていた。
顔は空中に埋められている。
空中とはうまい隠し場所だ。
世界を覆う不可解な目に見えない透明な裂け目。
想像したり空想したりしてもだめ。
『脳』の管理下におかれている五感の形成ではその形状をスケッチできない。
ただ指から解き放たれたことばが軌道に乗ったときに、
N次元の軌道に乗ったとはだけ
ストックホルムとモスクワを結ぶローカル不定期航空便が夜空にオーロラをみるように、
見ることができる
オペラ
架空のオペラ
の目撃によってその透明な裂け目、空中が確認されているというのは、それはそのとおり。
だから、赤と青と緑のオペラは
空中のオーロラです。
その空中のオーロラみたいに発掘される予定の巨大な『顔』
空中に隠されていたT.レックス
オペラT.レックス
『世界の意味』
工期三万年。
後一月でやってのけるさ。
クロマニヨンがやってきた。
援軍だ。
演歌だ。
ルート66
青はとても難解。
硬い岩盤だ、たぶん宇宙の果ての画材店まで行かないと手に入らない絵の具だよ
でも、ボクらは持っている。
青に関するテクノロジー。
クロマニヨンたちがやってきた。
路上をゆっくりと移動する、組み立てる前の、サターンロケットを積んだトラックのコンボイ。
月にでも行くのかな?
削岩機だね。
それで最後の青を破壊するつもりらしい。
青の悲劇。
空の奥のほうで響き渡る、青の鋭い叫び声、青のオペラだ。
青い照明の信号なら、岩盤をオーロラにかえて退かせることもできるのに
青い照明を明滅させられる技師さんたち、ホロコースト、ポルポト、ボスニアヘルチエゴビナ 、チエチエン、モスクワ劇場、ニューヨーク、サリンから秋葉テロまで止まらない
誰も止められない、止める糸口さえ見つけられない、殺戮の暴走でね、みんな皆殺しにあってね、見えないのかね、ヨーゼフ!
老詩人プラトンが階段を登りながらボクのこと、呼ぶのだ。
まるで笛を吹くみたいに。
クロマニヨンを呼ぶみたいに。
そして、クロマニヨンたちがやってきた。
ボクがとしているペットショップにやってくる。
T・レックスに会いに来る。
隣の店の空中音楽機械。ポップンミュージック。
まだ、オールドフアッションラブロック。
原始的アニメーション 。
100円2PLAY
ガール。
『U』『緑』
植物が猛威をふるっている。地質時代の主役の交代がはっきりしたのが30世紀、たったの千年のうちにその交代は執行された。ヒトは実在し繁殖していたが
もう主役ではない。植物が後を継いだ。植物たちの世紀が始まっている30世紀のホテル。
曲線がとても植物。
ラインに欲望する?
30世紀の女の子の『色』『形』『布』音楽雑踏。
欲望する。
裸になっていい?
植物のヒト化、ヒトの
植物化。
地質時代の主役の交代にはまだ数万年を要するらしい。
クロマニヨンがやってきた
芸人たちだ。
広場でトロイのT.レックス。
つまり、途方もなく巨大なティラノザウルスの骨格標本を組み立てる。
見世物。
小人みたいに組んだ足場をアクロバット。
これから一週間の興行。
ウイルス系フアシズム
うつります
突然変異
パンデミック
殺戮。
Festival
ウイルス系フアシズム
滅びてしまった、ヒトという仮定。
なにも作り出せなくて。
いきなりの植物化、
木の実とキノコを集めて樽に漬け込んで氷河期の冬を巣穴で過ごす生活様式の流行。
解ける魚の時代のエロスを超えた愉楽も知らぬ間に名づけようもない有機物の植物化
精神現象がそのまま風景を創造する
むき出しの心の裏側
心って植物だったのだ。
有機物を支配している。
オペラの序曲が終わります。
子供の絵のマーチ。
行進曲。
クロマニヨンの精鋭の進駐だ。
クロマニヨンがやってきた。
郵船会社
支配人マルセイユ。1891+300万年.11.9
分け前牙五本だけ。
この単位の使い方わかりました。
深淵の井戸汲みに使う樽があります。
そのひと樽に森の木の実とキノコをいっぱいに詰め込んだ状態が『牙一本』です。ボクは不幸な人間です。
手足の自由も利きません。飼い犬のプラトンはボクが笛を吹くのをまっています、『牙五本』あれば早い時刻に
乗船できると思います。ボクは全身不随の状態です。でも老詩人が持ち帰った情報に寄れば、サイエンスの最新号に
この病の特効薬が発明されたという論文が出ているそうです。フアンタスティック!
どうしてもあの部屋にたどり着かねばなりません。
ボクの船便の名前と乗船時刻が決まったらすぐに知らせてください。
それまではあの巣穴で過ごします。
木の実とキノコはたっぷりあります。
今町は騒然としています。
子供の絵のマーチが聞こえています。
クロマニヨンがやってきた。